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南大沢にきざした多摩ニュータウンの理想主義は、堀之内で快楽主義へと転化した。

南大沢駅から京王堀之内駅までを大回りで歩く旅の最終話。





南大沢駅と京王堀之内駅とは隣同士。
地図で見るとまっすぐ一直線の線路が二つの駅を結んでいる。

京王堀之内からさらに一駅新宿へ近づくと、そこは多摩ニュータウンの盟主、京王多摩センター駅。
つまり京王堀之内は、南大沢と京王多摩センターという二つの強国の狭間に生まれた新興国である。



重く垂れこめる雲の下、南大沢から京王堀之内駅まで歩くことにした。
定規で引いたような線路沿いを歩いてもつまらない。
多摩ニュータウンでは住宅こそが町の主役なのだ。南大沢駅から南下して、その後東進、最後に北上する住宅街の中の道を選んだ。



南大沢の駅を出て、木立に囲まれた静かな小道をたどる。
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路傍に得体のしれない石柱が佇立しているが、落ち着いた良い光景である。
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八幡山アパートや仙川の緑ヶ丘団地のように、ゆっくりと朽ちていくのだろう哀愁。
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南大沢の住宅街は駅前の戯画化された理想とは打って変わった生活空間である。
しかし根本的に南大沢とは、その縮小された理想主義であれ、小奇麗な生活空間であれ、そこに共同体へとまとまっていく指向性をにじませる町である。

ところがさらに足を進めるうちに少しずつ光景に変化が現れ始めた。



まず、木立が少なくなり、空が広くなった。
新しい町に入ったのである。堀之内だ。
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そして堀之内の住宅街は、南大沢の住宅街とは違う風貌をあらわにした。
住宅はてんでバラバラにデコラティブな色合いにまみれ始めた。
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木立の少ない庭園の中の小道に生活感はない。
街灯も実用とは方向が違う、くるりと渦を巻いたデザインにしつらえられている。
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高層マンションの最上階は平らな屋上を放棄し、周囲と競うように細い屋根の刃を研ぎ始めた。
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そして・・・。
この、広がり。茫茫たる虚無である。
反目しあうような高層住宅群のただ中に、虚無としか言いようのない空間がぽっかりと口を開いていた。
芥川の「ぼんやりとした不安」を現実に見える形で作り上げたならば、あるいはこのような姿になったのではないだろうか。ここはどこだ?天国?地獄?
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中国と欧米とに挟まれた日本。
南大沢と京王多摩センターとに挟まれた京王堀之内。
小さな国であり、小さな町である。
新しい国であり、新しい町である。
富に湧く国であり、富に湧く町である。
南大沢が理想主義の屍の上に築かれた町ならば、堀之内は理想主義を蹴散らした更地の上の砂上の楼閣。



次第に光景が繁華になってきた。郊外型巨大店舗が散見されるようになり、駅が近くなってきたことを感じさせる。
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しかし、行けども行けども、巨大店舗だけは軒を連ねるが、滑走路のような太い車道がここでの主役である。
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南大沢が追い求めた「駅を中心とする共同体」への憧れは堀之内にはない。 
この町に在るのは、バラバラに分離された個々の店舗と人であり、虚栄である。


京王堀之内駅に着いた。
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駅前には、ダメ押しのようにガウディを模倣した階段が設けられていた。
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最後に一つ、ほっと息をつける一枚をお見せして今回の多摩歩きを終わりたい。
京王堀之内にこんなポスターが貼ってあった。
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予備校のうたい文句に「東大」はなく、代わりに「首都大」がある。
この強い愛郷心は、明らかに堀之内のものではない。南大沢のものだ。
しかしそれを堀之内で見たとき、瑠璃子の心は少しだけ暖かくなった。 

今度は多摩センターから、若葉台の美しい高層住宅群への道をたどりたい・・・そうね、涼しくなったら


今回のブラブラ歩きのお伴。
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多摩学事始、完。