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翌日。
金沢の喧噪を離れ、瑠璃子と浅草橋の友人は能登へ。
のどかな風景が広がっていました。

 


「・・・残念ながらノドグロ君の意識が戻る可能性は低いでしょう」
滑稽な宣告を聞きながら、瑠璃子はノドグロの母が泣き崩れる姿をぼんやりと眺めていた。ノドグロの母はとても美しく、ちょっと瑠璃子に似ているかもな、なんて思っていた。
教室の二人の席はぽっかりと空白になった。少しずつ日常が二人を置き去りにしていった。
日曜日になると瑠璃子は決まって家を出た。リュックサックの中に長靴を詰めて学校の裏山に登った。
本格的に冬の寒さが増してきていたが一日中じっとそこを動かなかった。何を見るでも何を泣くでもなかった。
ある晴れ上がった日曜の朝、瑠璃子の母がマフラーを振り回しながら斜面を駆け上がってきた。
母は瑠璃子を抱きしめて泣いた。
「ノドグロ君の意識が戻ったわ、瑠璃子!」
瑠璃子の瞳に光が戻った。




・・・・・・一日目の晩御飯は宿の近くの海鮮料理屋へ。
しかし日頃飲み放題の安い酒ばかり呷っている浅草橋の友人と瑠璃子だから、
「ちょっと・・・中ジョッキ一杯480円てどうゆうこと?これはスーパーで富山湾のホタルイカあたりを安く買って飲むに越したことはないわね」
 そうそうに宿に引きこもり、酒と刺身を交互に口に運びながら明日の計画を練ります。
「瑠璃子、能登がいいわ」
「私も能登(I'm Noto too.)」
言語学的言動を弄しつつにぎやかに夜が更けていきました。

明けて曇天。列車は能登へ。
七尾行きの普通列車に寝ぼけ眼で揺られていきます。
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「地図で見ると能登半島って細長い印象だけど、いざそのただ中にあっては、東の海も西の海も見えない。案外しっかりした陸地ねえ」


七尾駅に到着。ここからが瑠璃子たちの旅にこれまでなかった新機軸。
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「ひゃっほ~い!」 
レンタカーのエンジン快調!
免許を持っていない瑠璃子だけでは到底叶えられない旅の始まり。
「運転手さん、瑠璃子を一日楽しませて頂戴。瑠璃子はちょっとわがままでしてよ」
「おいww蹴落としたろうかいww」
浅草橋の友人も久しぶりの運転に興奮が募るようです。
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山間の農村をいくつも過ぎていきます。
どこといって宛てはありません。程よいところで程よく遊ぶ気まぐれ美少女の珍道中。
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ちょっとこの辺を散策しようかしら。
羽咋郡志賀町の土田なる標識のあたりで車を降りてみました。
暑いとはいえまだ季節は春から初夏。
盛夏の黒々とした緑には遠く、まるで北海道の夏のように霞がかった風景が延々と続いています。


 午前9時を回った頃。でも働き者のみなさんはすでに田畑にはいません。
老人たちが作業着のままで農具小屋の陰に涼んでいました。

若者はいるのかしら。
そう思っているとついっと横道から中学か高校生のジャージを着た少女が走り出してきました。
「ああ・・・こういう人生もあったかもしれないわね。不思議な気持ち」


集落の中心に神社。
真新しい縄が渡されています。
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古いお寺もありました。道興寺。鐘楼が重厚で、本堂にも手間暇かかる彫刻が施されていました。
いったいいつ頃の創建なのでしょうか。
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「あ~あ、国内は見飽きた」と語っていたことを瑠璃子、大いに恥じました。
世界は広いが日本も広い。ありきたりなこの水路の歴史ひとつをとっても、とても語りつくされうるものではありません。
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夕暮れ時、この村はどんな姿を見せてくれるのでしょうか。
その本当の姿を知るには、恐らくはそこに住まねばならず、そして住んだところで世界の不思議は解き明かされつくそうはずもありません。
良い寄り道をしました。


「さあ、車を出して!次は海を見たいわ!ほら、グズグズしないで!」
「うへ~い」


(前略)
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです
(中略)
ポトホトと野の中に伽藍は紅く
荷馬車の車輪 油を失ひ
私が歴史的現在に物を云へば
嘲る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
自らの 静脈管の中へです
(中原中也 「春の日の夕暮」)