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季節は廻って、はや9月。
西日本に大きな被害をもたらした台風18号も行き過ぎて、台風一過の酷暑を予想していましたがむしろすっかり秋の気配。

ああ、9月も半ばを過ぎて18日かあ・・・。
ん?9月18日?
そうですか、今年ももう満洲事変の日がやってきたんですね・・・。







満洲事変の日だからといって靖国で気焔を吐こうというのではないですし、中国大使館の前で土下座するわけでもないノンポリ美少女な瑠璃子ですが、中国好きの日本人としては何かしみじみと胸に迫るものがあります。

てなわけでちょっとばかり満洲・満鉄絡みの思い出写真を大連から何点かピックアップ。
大連は関東州であり、満洲国・満洲帝国の版図に入ったことはなかったはずですが、満洲への入口であったことは確か。満鉄の本社が最初におかれた町でもあります。


そんな大連の「大連ヤマトホテル」、現大連賓館。朝靄の中、中山広場越しにのぞみます。
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ちなみに冒頭の写真は大連賓館近景です。


ミーちゃんハーちゃんと言われても仕方ありませんが、このホテルには瑠璃子、泊まってしまいました。
日本人の高齢の団体客はみなこちらのホテルに泊まりに来るみたいで、ホテル内には日本人が溢れていました。
重厚ですが、古臭くはあり、到底五つ星のホテルには及びもつきません。
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ホテルの正面にはこの建物の由来を示すプレートがはめ込まれていました。
瑠璃子の滞在中、ホテルの玄関で盛大な反日歴史ドラマの撮影もやっていました。 
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大連賓館からほど近くに、満鉄の旧本社があります。
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そして満鉄病院、現大連大学附属中山病院。
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大連の町はこうした古めかしい建物であふれかえっていました。



大連は海の町。
当然魚介が美味しいのですが、生魚を食べる習慣はありません。
魚介の水餃子が滅法の美食で、これぞ大連の魚介調理の神髄であると思いました。

ニンニクたっぷりの酢醤油に付けて食べるのがこの町の定法。
この旅以降、瑠璃子は水餃子に熱狂的に傾倒。
餃子の頂点は水餃子と信じて疑わず、大連の思い出を忘れまいとして必ず平皿に盛り付けるようになりました。
とにかくたまらなく美味しくて、この程度の分量ならばぺろりです。
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そうそう、満鉄のあった大連は今も列車の町。
市内にはチンチン電車が行き交っています。日帝時代から使われていたのでは?と思わずにはおれないレトロな車体。乗ってみると本当に数十年前から走っているだろうオンボロで、とても楽しかったです(近代的な車体も走っています)。
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そして巨大な大連駅。
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ここから「大陸!!」といった風情の太くて頑丈そうな列車が、遠く欧州まで続く鉄路の上を、ゆっくりと走り出していきます。何万キロの先まで線路が繋がっている・・・島国日本の人々がなぜ大陸にあこがれ続けてきたのか、心の底からわかってしまうような雄大な光景でした。
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何だか久しぶりに中国を回想しましたら心にワクワクがよみがえってきました。
ちょいとしばらく中国雑記を続けさせていただきたいと思います。